ジョグジャ滞在記 1
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7月14日から18日までジョグジャに滞在しました。現地でプジョクスマン舞踊団や被災したガムランの支援団体「ガムランを救え!」の現地カウンターパートナーである「FORUM 7」のメンバーなどと会って、いろいろと情報交換をしました。
7月14日(金)
早朝に大阪の自宅を出発し、8時30分に関空着。その日に帰国した「ガムランを救え!」のメンバーであるジャワ舞踊家の采女さんと待ち合わせる。彼女も短期間の滞在だったが、支援活動をするNGO団体とかなりたくさん接触できたとのこと。
19:30 ジョグジャ着
たまたまその日がプジョクスマン舞踊団の44回目の誕生日だったので、被災したプンドポで儀式があり、そこへ直接駆けつけた。
暗くて、プンドポの様子はよくは分からなかったが、とにかくプンドポは立っていたし、舞踊団の仲間が元気な顔をそろえていた。震災後忙しかったのだろう、久しぶりに再会するメンバーも多いようだ。スラマタン(共食儀礼)でナシクニン(ターメリックライスを三角錐に持ったもの)を取り分けて食べた。
食後、意見交換を行った。子供たちの舞踊レッスンが先週から始まっていること、プンドポやプリンギタンの被災状況、公演の再会に向けて、代替地が探されていることなどが報告された。若いダンサーたちは、強く公演の再開を望んでいるようだ。また、年輩の演奏家たちは生活の糧としての公演が再開することも強く望んでいた。彼らの多くは、ロモ・サスの時代から長年、プジョクスマン舞踊団の忠誠を誓ってきた人たちだ。忠誠と書いたのは、他に実入りのいい仕事があっても、ロモ・サスのためにとどまったという意味である。ガムラン業界も結構、仁義が大変なのだ。
しかし、公演の再開は代替地の問題や観光客の激減や赤字が出た時の補填の仕方など、問題も多く。当面は、定期リハーサルをし、老齢の演奏者にはわずかな交通費+謝金を渡す案が出された。僕もこの意見に賛成だ。
僕も発言を求められた。日本で数多くの人がプジョクスマン舞踊団の被災を心配し、立ち上げた支援会にも多くの支援が寄せられていること、義援金を募るためのチャリティコンサートを行っていることを伝えることができた。
この日はそれでお開きとなった。親友、舞踊の名手ランテップさんが運転するアコードでジョグジャの自宅へ到着したのは、23時を回っていた。日本時間の午前1時だ。ジョグジャの家には、舞踊を習っている川原さんと西岡さんが滞在していた。彼女たちは、この家で地震にあったのだ。家に入った無数の大きな亀裂を見ると、彼女たちの恐怖は大変だったと想像できる。彼女たちと地震のことや舞踊ことを夜更けまで話した。あー、ほんとうに長い1日だ。
- [2006/07/26 00:43]
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